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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)1448号 判決 1968年1月19日

原告 鈴木六郎

被告 有限会社三宝商事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「一、原告が被告会社の従業員たる地位を有することを確認する、二、被告は原告に対し一三万五〇〇〇円及びこれに対する昭和四二年一月二六日から支払ずみとなるまで年五分の割合による金員並びに昭和四一年一一月一四日から昭和四二年一一月二五日まで一ケ月四万円の割合による金員の支払をせよ、三、訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに右第二項につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「一、被告会社は不動産の仲介を目的とする会社である。

二、原告は昭和四一年三月八日被告会社に、給料として、取扱つた不動産仲介の手数科の一割から三割に相当する金額(手数料二〇万円までは一割、同二〇万円を超え三〇万円までは一割五分、同三〇万円を超え四〇万円までは二割、同四〇万円を超え五〇万円までは二割五分、同五〇万円を超え七〇万円までは二割七分、同七〇万円を超えるときは三割)、但し右による一ケ月の給料が四万円に満たないときは保障給として一ケ月四万円を、毎月末日までに支払を受ける約で雇傭され、翌三月九日より被告会社に勤務した。

三、右保障給は労働基準法第二七条の規定によつても被告会社は原告に対してその支払義務あるものである。

四、ところで被告会社は昭和四一年一一月一四日口頭で原告に対し解雇の意思表示をした。

五、しかし、(一)右解雇は三〇日前に解雇の予告をせず、又は三〇日分の解雇予告手当を提供せずになしたものであるから無効である。(二)また、その解雇理由は原告が被告会社の営業課長酒井昭を傷害罪として告訴したことを理由とするものと解せられるが、酒井営業課長は昭和四一年一一月一二日原告を樫の棒で殴打し全治一〇日間の傷害を負わせたものであるから、右解雇は解雇権を濫用したもので無効である。

六、原告は昭和四一年六月末日までの給料は全額支払を受けたが、以後は同年一〇月分の給料の内金として二万五〇〇〇円の支払を受けたのみである。

七、よつて原告が被告会社の従業員たる地位を有することの確認、及び、被告会社に対して、昭和四一年七月一日から同年一〇月三〇日まで一ケ月四万円の割合による給料一六万円のうち、支払を受けた二万五〇〇〇円を除く一三万五〇〇〇円及びこれに対する本件支払命令送達の翌日である昭和四二年一月二六日から支払ずみとなるまで年五分の割合による遅延損害金、並びに昭和四一年一一月一四日から昭和四二年一一月二五日(本件口頭弁論終結の日)まで一ケ月四万円の割合による給料の支払を求める。」

と述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁並びに抗弁として、

「一、原告主張の請求原因一の事実は認める。

同二の事実は、被告会社が原告に対し一ケ月四万円の保障給を支払うことを約した点を否認し、その他の事実は認める。

同三の事実は争う。

同四の事実は否認する。

同五の事実中、被告会社の営業課長酒井昭が原告を殴打したこと及び原告が同人を告訴したことは認めるが、その他の事実は争う。

同六の事実中、被告会社が原告に対し昭和四一年六月末日までの給料を支払つたこと、同年一〇月分の給料として原告主張の金額のうち一万六八〇〇円を支払つたことは認めるが、同年一〇月分の給料として右以上の金額を支払つたことは否認する。

二、(一)、原告は被告会社に勤務していたが、自信過剰で他の社員と融和せず、昭和四一年一一月一四日、被告会社の営業課長酒井昭が原告に対し社内での言動を注意したところ、原告は酒井に殴りかかり、酒井も暴力を用いる結果となつたもので、被告会社は原告及び酒井営業課長の両名に対し懲戒処分として一ケ月間業務の中止を命じたところ、原告は翌日及び翌々日の二日間は出勤したが、以後は一ケ月の期間を経過しても出社せず、暗黙に退職の意思を表示したので、これにより雇傭契約は終了した。

(二)、そして被告会社が原告に支払うべき給料(歩合給)は、昭和四一年七月分以降は同年一〇月分一万六八〇〇円、同年一一月分五〇〇〇円のみであつて、右はいずれも支払ずみである。

(三)、よつて原告の請求には応ぜられない。」

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、被告会社が不動産の仲介を目的とする会社であるところ、原告が昭和四一年三月八日被告会社に、給料として取扱つた不動産仲介の手数料の一割から三割に相当する金額(その詳細は原告主張のとおり)を毎月末日までに支払を受ける約で雇傭されたことは当事者間に争がない。

二、ところで原告は、被告会社は右による給料が一ケ月四万円に満たないときは保障給として一ケ月四万円の支払を受ける約であつたと主張するので、この点について考えるに、成立に争のない甲第一号証(被告会社発行の証明書)にはこれに符合する記載があるけれども、証人酒井昭及び同西畑幸男の各証言によれば、右甲第一号証はサラリーマン金融を受けるために書いて欲しいとの原告の依頼に基き、原告に便宜を与えるため被告会社が虚偽の証明をしたものであると認められるから、右甲第一号証は原告の右主張を認める資料とするに足りず、右主張に副う原告本人の尋問の結果は措信できず、他にも右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

三、なお、原告は被告会社は労働基準法第二七条の規定によつても原告に保障給を支払う義務があると主張するが、同法条所定の保障給は使用者がこれを支払わない場合には同法第一二〇条の規定によつて処罰されるけれども、裁判所が保障給として相当な額を定めてその支払を命ずることはできないものと解するのが相当である。

四、さて次に、原被告間の雇傭契約が終了したか否かについて検討するに、証人酒井昭及び同西畑幸男の各証言、記録上明らかな事実及び本件口頭弁論の全趣旨によると、原告は昭和四一年一一月一四日被告会社の営業課長酒井昭と諍いを起し、原告が上衣を投げ捨てて酒井に向つていつたため、酒井は傍らの洋服掛を取つて原告の前額部を殴打し原告に傷害を与えたこと、そのため被告会社は懲戒処分として原告と酒井の両名に対し、同月末日まで不動産仲介の業務に従事することを禁じ、但しその間の出勤は自由とすることを命じたこと、しかるに原告は翌々一六日まで出勤したがその後は欠勤し一二月になつても出勤しなかつたため、被告会社もそのまま放置していたこと、原告は昭和四二年一月一一日本件支払命令の申立をしたが、昭和四一年七月分から同年一〇月分までの給料の支払を求めたのみであり、また昭和四二年二月二六日付準備書面において被告会社より解雇されたと主張するまで、なんらそのような主張をしなかつたことを認めることができる。

右認定事実によると、原告は遅くとも昭和四一年一二月始め頃には暗黙のうちに任意退職の意思表示をしたものと認めるのが相当であつて、一方原告は、被告会社は昭和四一年一一月一四日口頭で原告に対し解雇の意思表示をしたが、右解雇は原告主張の理由によつて無効であると主張するけれども、前記認定に反し、被告会社より解雇されたとの主張に相応する原告本人の尋問の結果は措信できない。

してみれば原被告間の雇傭契約は原告の任意退職によつて終了したことが明らかである。

五、そして、成立に争のない乙第一号証並びに弁論の全趣旨によると、被告会社が原告に支払うべき昭和四一年七月分以降の給料(歩合給)は同年一〇月分一万六八〇〇円、同年一一月分五〇〇〇円のみであつて、右はすでに支払ずみであることが明らかである。

六、よつて原告の本訴請求はすべて失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 今村三郎)

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